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債務整理の地域別体験談

債務整理・栃木県の体験談

債務整理・栃木県にお住まいの方

栃木でずっと守ってきた土地と農作物。
自分の代でつぶすわけにはと冷静な判断ができなくなって、借金を繰り返した。

栃木県 E.Wさん 男性 50歳 自己破産

栃木県でトマト農家をやっています。
品種改良も進み、最近では農協等で新しいソースの開発にも乗り出しているようです。

ずっと家族だけでこじんまりとやっていたのですが、ここ数年「最新の肥料を使えば、収穫量が上がり利益が大きくなりますよ」「除草剤が新しくなり、作物に対する影響がぐっと少なくなりました」「今使っている機械は古いものばかりですから、新しくすれば、作業効率が格段に上がります」等とさまざまなセールスを受けることになったのです。

正直言って、まゆつばだな…と思うものも多かったのですが、少しでも収穫量を上げたい、人手が少ない中で作業効率と上げたいという希望も強く、セールスマンに言われるがままに、たくさんの商品を買ってしまいました。

想定外の出費で経営は苦しくなる一方。しかし、曾祖父、祖父、親…と続いた家業を自分の代でつぶすわけにはいかない。そんな気負いもあって、後先を顧みず消費者金融から借金をして、当座の費用を賄いました。一時的には助かりましたが、返済の時、金利の高さに驚きました。そして後悔しました。でも、売上は増えません。返済も減りません。

親が収支決算表等を見つけたのがきっかけで、赤字経営を隠しておけなくなりました。しかし、意外にも親から「土地を手放してもいい。借金をしないでやり直せるようにしよう」との言葉。涙にくれながら、弁護士の先生を探して債務整理相談に行きました。相談の結果は、自己破産でした。 でも、これで良いのです。借金をしないで、もう一度0からスタートできるのですから。

栃木は商圏が小さくてダメだ。自分の努力不足・借金理由を何かに転嫁したくて、周囲の店が繁盛する中、ついに債務整理でやり直す決心をした。

栃木県 R.Sさん 男性 56歳 過払い金返還

栃木で、祖父の代から和菓子店を営んでいます。店独自のもなかがヒットし、地域マップでは紹介されることもある一品です。しかし、時代が変わるにつれ、昔ながらの素朴で地味な菓子は売上がどんどん減っていきました。周囲の店では新しい創作菓子を出したり、廃業した店の後にチェーンのケーキ店が出店したりして、そこそこ繁盛しているようです。

しかし、私はこんな周囲の風潮を苦々しく思うばかり。自分は絶対に栃木の伝統を、これまでの店の味を守るんだ!とかたくなになっていきました。

店の経営が苦しくなるにつれて、借金が増えていきました。最初は地域の信用金庫等を利用していたのですが、すぐに融資してくれなくなりました。しかたなく、手軽に借りられる消費者金融を利用するように。あっと言うまに借金がふくらみ金利を返すだけで、いっぱいの状態になりました。それでも、店を守りたくて今まで頑張ってきました。

しかし、ついに限界。借金をしなくては、仕入れもできない状態になった所で、家族からも「もう潮時だと思う」と言われたのです。「店がうまくいかないのは栃木の景気が悪いせいだ!」と反論した私に、息子が「でも同じ栃木で隣のケーキ店は繁盛しているじゃないか! おやじは考えが古いだけだ!」と反論。がく然としました。
言い返すことができませんでした。その通りだったから。

そして、息子が次の日、債務整理を相談できる弁護士の先生を教えてくれました。弁護士の先生からは、20年以上、消費者金融を利用しているなら過払い金も見込めるということで、債務整理手続をすることに決めました。そして、過払い金返還請求で300万円近くのお金が戻ってきました! これで、店の運営もやり直すことができます。

今は、素直に「景気のせいにしないで、もっと企業努力をしなくちゃ」と息子と言い合い、新商品の開発に没頭しています。

栃木で、もう一度やり直したい。そのために債務整理を決心。

栃木県 S.Tさん 男性 26歳 任意整理

専門学校を卒業し、就職のために大阪へと出たのが20歳の時。大阪市にある工場で働きました。慣れない仕事と慣れない生活。しかし、何より嫌だったのはなまりをからかわれることでした。大都会のスピードにも、会話のスムーズさにもついて行けず、仕事でもできるだけ話をしないようにしていました。

周囲から「暗いヤツ」「話しても面白くない」等と言われ、ますます孤立していきました。「栃木に帰りたい」「栃木で就職すれば良かった…」と毎日後悔ばかり。こんな状態では、仕事に身が入るわけはありません。工場では、たくさんの機械が一瞬も休むことなく動いています。集中力が欠ければ、事故につながります。流れ作業であれば、自分だけでなく周りにも大きな迷惑をかけてしまいます。

日ごとに仕事の効率が落ちていく私に、班長から怒られることもしばしば。ますます仕事が嫌になっていきました。そして私は、パチンコにはまっていきました。
誰とも話をしなくてすみ、一人でも楽しめる。周りも誰ひとりとして、自分を気にすることなく一人の世界に入っている。私にとっては、パチンコだけが居心地の良い空間でした。日ごとに、パチンコに使うお金が増えていきました。

だんだん、給与だけでは足りなくなり、消費者金融からキャッシングをしてまでパチンコに通うようになっていきました。パチンコでもうけることはありません。たんにお金を減らしていくだけです。そして、ついに消費者金融から新たな借金ができなくなりました。

それでも、私は目が覚めませんでした。ダメ元で…と勤務先に給料の前借りを申請したのです。これは当然のように却下。その話が班長に伝わったのでしょう。ある日、仕事中に班長から呼び出されました。怒られる…と身構えた私に、班長は声を荒げることなく「困っていることがあるなら何でも言ってくれ。ずっと誰とも話もしていないようだし。食事はとっているのか?」と、心配してくれたのです。これには思わず涙が出ました。

もう、ずいぶんと誰とも話をしていなかったし、こんなふうに自分を心配してくれる言葉を聞いていなかったから。正直に班長に借金のこと、パチンコの事を話しました。

班長も、すぐにいい考えが浮かばないから…とのことでしたが、とにかくパチンコは今すぐやめろ、寂しかったらオレ(班長)の家に食事に来い、と言ってくれました。それからは、パチンコに行く代わりに班長の家に行くようになりました。班長の奥さんも自分を明るい笑顔で迎えてくれ、本当にうれしかったです。少しずつ、気持ちも体力も戻ってきました。

そして、班長から債務整理の事を教えてもらいました。債務整理相談に行った弁護士の先生からは、任意整理を薦められました。そして、自分は決心しました。債務整理が終わったら栃木へ帰ろうと。

一人ぼっちだった自分を迎えてくれた班長にむくいるためにも、債務整理は最後までやりとげよう、もう絶対にパチンコはしない…という覚悟でした。それを正直に班長にも話しました。そして、借金完済。自分は、栃木で再就職先を見つけて帰ります。

自分を支えてくれたのは栃木への思いと班長です。工場退職の日、班長は涙で見送ってくれました。ささやかながら、班長の奥さまに花を贈りました。
ありがとう。ありがとう、借金と孤独の苦しみから救ってくれて。本当にありがとう。今なら、強くなった自分なら、栃木に胸を張って帰ることができます。

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