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債務整理・群馬県の体験談

債務整理・群馬県にお住まいの方

群馬でも、もっと債務整理がオープンにできるようになってほしい。
多くの人が私のように助かるはずだから。

群馬県 T.Hさん 男性 40歳 個人再生

群馬県で生まれ育ち、地元の企業に就職しました。見合い結婚をして子供にも恵まれ、平穏な生活を送ってきました。しかし、3年前、同居していた母親が脳卒中で倒れたのです。手術・入院・リハビリ…と果てしない医療費と介護の日々が襲ってきました。

退院後は、手足が不自由になった母親のために家中に手すりを付けるなどの改装も必要になりました。リフォーム費用もばく大な金額になり、介護ヘルパー費用もばかになりません。動けず、いつも不機嫌な母の対応で妻も疲弊しきってしまいました。

多少の蓄えはあったものの、想定していなかった出費には対応できません。
高額なリフォーム費用は消費者金融からの借金で賄いました。共働きで収入はある程度あったのですが、子供の進学とも重なり、あっという間に家計は火の車に。どこでもいいから貸してくれる所から、消費者金融やクレジットカードのキャッシングを重ねました。そして、始まった毎月の返済に追われる毎日。我が家から、笑い声が消えました。

当座の生活費を賄うためにキャッシングを繰り返しました。
返済日を迎えるたび、心が荒みました。すでに「借りて返す」という末期的な事態になっていました。ある日、子供が「僕、高校には行かないよ」と言ったのです。
子供の前で涙があふれました。子供は、私に借金があることを知っていたのです。

何とかしなくては…という思いで、債務整理相談を決心。弁護士の先生に借金相談をしました。自宅のローンも残っていること、収入は安定していることから個人再生を選択。個人再生手続後は、借金返済額が大幅に減りました。何とか、子供も公立高校へと進学することもできました。あの時、債務整理を決心していなかったら今どうなっていたことか… 群馬でも、もっと多くの人が助かるように債務整理の情報が広まればいいのにと思っています。

借金にまみれ、生活に疲れていた私を群馬の自然は昔と変わらずに受け止めてくれた。

群馬県 Y.Gさん 女性 36歳 任意整理

短大進学に併せて東京へ出ました。卒業後は、東京の設計事務所に勤めました。ある程度お大きな事務所で職員も多く、同年代の同僚と一緒に楽しく働くことができました。仕事が楽しかったため、残業等も進んで行いました。働きぶりが認められ、次第に責任ある仕事も任されるようになり、グループのリーダーにもなることができました。そんな日々を過ごして、気がついたら30歳を過ぎていました。恋人もできないまま…

そしてある日、給湯室で自分のことを「お局様」「恋人もきっといないのよ」「いつもお化粧もしてないしね〜」等と揶揄する後輩達の話を聞いてしまったのです。
仕事を一生懸命やって何が悪い、仕事もできないくせに、仕事のミスをいつも笑ってごまかしているくせに…と一気に、黒い、どんよりとした怒りがわきあがりました。

それから、私はおかしくなってしまいました。手当たり次第に高価な化粧品を買い、ブランド品を買い、洋服を買い… お見合いパーティーにも頻繁に参加しました。これまで経験したことがない体験に、感覚がマヒしたのでしょう。どんどんクレジットカードの利用が増えました。お金が足りなくなると、消費者金融からキャッシングをするように。

残業も断り定時には退社する私、化粧等で見た目が変わった私を周囲は驚きの目でみるようになりましたが、気にかけませんでした。

そんな私を止めてくれたのは直属の上司でした。ある日、ミーティングという事で呼ばれた私は、上司から「いったいどうしたんだ? 皆心配しているんだよ」という話を聞いたのです。

そして、これまで長年、コツコツと正確な仕事をしてくれたことを評価しているという話、最近、残業もしていないようだし、身なりがかなり変わっていることを心配しているという話をされました。年齢や見た目ではなく、真面目な仕事ぶりと正確な仕事が所長にも信頼されていたよ、と聞いてとたんに自分が恥ずかしくなりました。

さすがに、借金をしていることは言えませんでしたが、自分の仕事がきちんと認めてもらっていた…ということがうれしく、これまでのバカ騒ぎの毎日が急に恥ずかしくなったのです。上司には、ひとまず心配をかけたことを謝罪し、また仕事を頑張るということでその場は終わりました。そして、いろいろと調べて、債務整理相談を決心しました。

弁護士の先生は親切に対応してくださり、話し合った結果、任意整理を選択することにしました。弁護士の先生との面会が終わった後、週末を利用して群馬へと帰りました。懐かしい群馬の自然に触れて、変な見栄や後輩に対する黒い気持ちがすーっと消えていきました。今では、また残業もがんばりむだ使いもせず、仕事に没頭しています。これが私本来の姿なんだ…とほっとして毎日を過ごしています。債務整理をあの時、決心して本当に良かった。

ずっと群馬で暮らしてきた。これからも家族で群馬で暮らしたい。
その願いを個人再生で実現できた。

群馬県 M.Kさん 男性 35歳 個人再生

群馬で生まれ育ち、大学も地元で進学しました。希望する就職先にも入れて特に不満もなく暮らしてきました。見合い結婚をして長女が生まれ、可愛くてしかたがありません。念願のマイホームのローンも通りました。そんな平穏な生活が一変したのは勤務先で異動命令を受けてから。

これまでずっと事務方の仕事をしてきたのに「将来、役職に就くには営業も経験しておかないとな」という理由で営業職に。会社からそのように言われたこと、期待されていることがうれしく、初めての職種でしたが「よし!がんばろう!」と意気込んでいました。しかし、すぐに大きな問題が発覚。

私は、いっさいアルコールを受け付けない体質なのです。ビールをコップに半分飲んだだけでも、顔が真っ赤になり、動悸がしてくるほど。大学の時は、新人歓迎コンパで無理やり飲まされ、救急車で運ばれた事があるくらいです。社内では私が飲めないことは皆知っていますから特に問題はありませんでした。しかし、営業でお客様との席でお酒を断ることが、こんなに大変なことだとは予想していませんでした。

この繰り返しで、徐々に体がまいっていきました。しかし「期待しているからな」と言われた手前、すぐに営業職から異動したいとは言いだせません。我慢する日々が続きました。これがストレスになり、私は競馬・パチンコにはまっていきました。

これまでは週末は必ず家族と過ごしていたのに、会社が休みになれば、すぐにパチンコへ。家でも競馬中継のラジオにかじりついて、家族は会話もしなくなったのです。小遣いではパチンコ代が足りなくなると、消費者金融から借金をしてお金をつぎ込むようになりました。そんな私を娘や妻は遠巻きに見ているだけです。でも、ギャンブルを止められませんでした。

そんなある日、娘の七五三のお宮参りの日。朝から娘は着物を着せてもらってうれしそうです。久しぶりに見る娘のうれしそうな顔に心も和み「よし、一緒に行こうか」と娘に声をかけました。すると娘は本当にうれしそうな顔で笑ってくれたのです。妻もうれしそうで久しぶりに3人で出かけました。

神社からの帰り道、娘が心配そうに私に声をかけてきました。「なんで、お父さんは最近、一緒に遊んでくれないの? 会社がお休みの日はどこに行っているの?」と。 言葉に詰まりました。娘の前で「パチンコ・競馬に行っている」とは言えませんでした。やっと我に帰ることができ、冷静に借金額・返済額を見直すと、住宅ローンを払いながらでは返済は無理なところまで来ていました。

妻に謝り、一緒に弁護士の先生の所へ相談に。とにかく家を手放したくないという希望を伝えて個人再生をすることに。弁護士の先生からは「個人再生をしても住宅ローンは減りません。覚悟はありますか」と何度も聞かれましたが、家と家族を守ることができるなら…と決心しました。

個人再生の結果、借金をかなり減額できました。
これなら厳しいながらもなんとか返済していけそうです。大好きな群馬の土地で、大好きな家族と一緒にいられる。この幸せのためにがんばって返済していきます。

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